きがるに書くログ

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1gもない脳みそで……!?『魚にも自分がわかる ──動物認知研究の最先端』

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この本、前書きの結びが「面白いことは請け合う。」なんだけど、ホントに面白かった。

魚の鏡像認知(鏡に映った像が自分だとわかること)研究についての本で、その最前線、つまり解っていることや解っていない(これから解るであろう)ことなどが語られる。

これが思いもよらないことばっかりで「マジか……!」の連続だった。

 

本書よると、これまでは、魚や人を含めた脊椎動物の脳は「初期動物が人間に進化するにつれて、脳に新しい領域がつけ加わっていった」と考えられていたが、近年の研究で、そうではないことが分かってきた。

3億8000万年前の魚の脳の化石を調べたところ、なんとその脳は人間の脳と同じ構造をしていたというのだ。

もちろんサイズとかは違うが、大脳とか中脳とか小脳とか、人間の脳と相当する部分が魚の脳にも揃っていたらしい。

つまり、脊椎動物の脳の構造は3億8000万年前の魚の段階で確立していたことを示している。これまでの「魚の脳は単純、人間の脳は複雑」という常識をひっくり返す発見だ。

 

鏡像認知能力の有無を調べる「マークテスト」と呼ばれる実験を行ったときの「ホンソメワケベラ」という、体長12センチ程度の魚の挙動が面白い。

ホンソメワケベラの体に、特殊な色素で茶色のマークをつける。そのあと鏡を見せると、それをこすり落とそうと、近くの岩とかに体をこすりつけるのだ。

これだけでも「へぇー!」だが、このあとがすごい。こすったあと、ホンソメワケベラは茶色のマークがちゃんと取れたかを確認するために、再度鏡を覗き込むという!人間か!

これを1gにも満たない脳でやっているのだから、すごいというほかない。

 

実はこの実験、マークを「茶色」にしているところが著者たちの工夫の産物で、こういう実験方法の工夫を明かしているのも、本書の面白いところだ。

なぜマークが茶色なのが大事かというと、茶色はホンソメワケベラの体につく寄生虫と同じ色だから。

茶色のマークを鏡で見たときに、ホンソメワケベラは自分の体に寄生虫がついてると勘違いしてマークをこすり落とそうとする。他の色では反応しなかった。

もしこの実験が茶色でなく他の色のマークで行われていたら、ホンソメワケベラの鏡像認知能力は正確に測れなかっただろう(「マークに気づいているけど取らなかった」かもしれないから)。

実験というのはマークの色一つで全く違う結果が出かねない。

ところが本書によると、これまでの他の動物を対象としたマークテストは、こうした動物の習性などを考慮してこなかったという。適切な実験方法を考えて工夫する能力も、研究者という仕事には必要なのだなと感心する。

 

著者の研究には賞賛も多い一方、人間を進化の頂点とする動物観を前提とする人たちには受け入れられず、特に霊長類学者や動物心理学者からの反論が強いらしい。

本書ではそうした反論への対応に奔走する苦労話も書かれていて、科学的な意味とは別の意味で面白かった(面白がっていいか分からないが)。

 

読めば読むほど魚のすごさというか、脳という器官のすごさというかを知らされてワクワクする本だ。めっちゃ面白い。

読んでいる途中、少し前に読んだ動物倫理学の本が何度も頭をよぎった。魚の知能への認識が変われば、魚への倫理観も変わるだろうか。

魚のことにしろ動物のことにしろ、近々人間は大きな価値観の変更を迫られるかもしれない。そのことを拒みたいわけではないけど、こりゃ大変だな、と思う。

 

少し前に読んだ動物倫理学の本の感想↓

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