きがるに書くログ

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おれたちみんな「見習い」だよな『徳は知なり: 幸福に生きるための倫理学』感想その2

前に感想を書いた『徳は知なり: 幸福に生きるための倫理学』の感想第二弾。前は「幸福」に関して印象に残ったところを書いたが、今回は「徳」に関して、これは大事だなと思ったことを書く。

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幸せは「お金」じゃない……としたら、なに?『徳は知なり: 幸福に生きるための倫理学』

ちょっと前から「徳」概念に興味がある。前に読んだ『人間にとって善とは何か: 徳倫理学入門』に続いて、これも徳の本だ。

本書では「徳倫理学について」ではなく「徳そのものについて」論じられている。

また、伝統的に徳は「幸福」と深く関連づけて論じられてきたようで、「有徳であることはその人の人生を幸福なものにするか」という問題も論じられている。

徳そのものについての説明もよかったんだけど、幸福についての論もよかった。今回は幸福に関して印象に残ったところを書く。

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哲学者は「差別」と「区別」をどう区別しているのか?『差別の哲学入門』

ひょんなことから「差別」について考えてみるか、と思い立って(経緯の説明が雑!)読んだ。ためになる本だった。

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ダメなものはダメ『人間にとって善とは何か: 徳倫理学入門』


最近読んだ本に「徳」という概念の話が出てきたのを読んで以来、「徳」のことがなんとなく気になっていたので読んだ。「徳倫理学」とは、「行為のあり方」ではなく「人のあり方」を問題にする倫理学らしい。

読んだには読んだが、こんな入門があるかよというくらい難しく、半分も理解できていない。しかし「道徳的な悪は人間にとっての欠陥である」という旨の主張が印象的だった。

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「情けは人の為ならず」とは言うけれど 『思いがけず利他』

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他人から親切にされると嬉しい反面、それが負担に思えることもある。「相手を喜ばせたい」という気持ちは「相手が喜ばないのが気に入らない」というコントロールの欲望と紙一重だ。

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恵まれていることへの罪悪感をどうするか問題『うしろめたさの人類学』

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自分は恵まれすぎている、という罪悪感というか「負い目」というかが、ちょっとある。なにせ日本に生まれて普通に電気と水が使えるだけでラッキーだ(「相対的貧困」という言葉は知っているが一旦おいておく)。

そして貧しい国とか、外国に限らず大変なことになってる地域の人たちの生活を見聞きすると(「罪悪感」は言いすぎだとしても)居心地の悪さを覚える。

いや、そんな罪悪感を持っても仕方ないだろうとは思う。 おれが心を痛めても誰かの腹が満たされるわけではない。

一方で、その罪悪感はそんなふうに片づけていい感情なのか、という気持ちもある。これが「恵まれていることへの罪悪感をどうするか問題」である。

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