きがるに書くログ

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ひとが独裁者を「選ぶ」とき 『自由からの逃走』(エーリッヒ・フロム)

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本書は第二次世界大戦時下のドイツにおけるナチス政権を支持する人々の心理を分析した本で、刊行はまさにその第二次世界大戦まっただ中の1941年。

著者のエーリッヒ・フロムはユダヤ系の心理学者で、ナチスによる迫害から逃れて亡命したアメリカで本書を発表した。

そんな経緯で刊行された本なので、まえがきに「完全な内容じゃないけど危機的な状況なので、いまこのタイミングで本書を発表した」みたいなことを書いてて切迫感がすごい。

私は数年来この研究にしたがってきたが、その完成は今後なおかなり長くかかるであろう。ところが現代の政治的発展が、近代文化のもっとも偉大な業績――個性と人格の独自性――にとって危険なものとなっているのをみて、私は大規模な研究の続行を中断し、現代の文化的社会的危機にたいして決定的な意味をもつ一つの側面、すなわち近代人にとっての自由の意味ということに集中しようと決心した。

 

 タイトルの「自由からの逃走」は、本来喜ばしいはずの「自由」がむしろ重荷になって、その自由から逃れるために「権威」に服従することを選ぶ人々の心理を表している。

近代人は、中世ヨーロッパ社会にあった「身分制」的な束縛からは自由になったが、それと引き換えに、各人に帰属感を与えてくれた社会とのつながりを失った。

孤独で不安になった(自由が重荷になった)人々は自由を捨て、自分の人生に意味を与えてくれるような「権威」に服従するようになった、というのがその意味するところだ。

 

本書の中でフロムは、ナチスを支持する人々の心理を心理学的な観点から分析するのだけど、その根底にあるのは「満たされなさ」なんだろうな、と思う。

フロムによると、当時のヒトラー支持層であった中産階級は、1929年の大恐慌で経済的な苦境に立たされていた。

それに加えて、敗戦と君主制の崩壊によって、尊敬の対象だった皇帝らの権威が失墜、 心理的にも「信じるもの」の喪失に見舞われていたという。

そんな状況で、不安を解消するために大きな権威に同化したがる心理と、その一方で、自分たちが支配できる相手を求める心理が働く。

その結果、民衆が独裁的な指導者に追従し、ユダヤ人という「敵」をみんなで迫害する状況が出来上がる。

心理学を学んだことはなくても、不安なときに方向性を与えてくれる存在に従ってしまったり、「こいつよりはマシ」と思える存在を探したくなる心理はわかる。

怪しい宗教や洗脳的な自己啓発にハマる人々や、ネットでの誹謗中傷など、現代に存在する問題も、こうした心理と地続きなのかもしれない。

 

現代との関連性といえば、本書後半の近代社会批判も印象深い。

フロムは近代社会が人々の思考を画一化していると批判してこう述べる。

近代史が経過する内に、教会の権威は国家の権威に、国家の権威は良心の権威に交替し、現代において良心の権威は、同調の道具としての、常識や世論という匿名の権威に交替した。私たちは古い明らさまな形の権威を自分から解放したので、新しい権威の餌食となっていることに気が付かない。

近代人は自分でものを考える能力を奪われ、世間という「権威」に(知らずのうちに)従っているという指摘だけれど、「みんなと同じ」を求める心理には「同調圧力」を連想させるところがある。

最近読んだWeb記事で、日本人だけでなくアメリカ人のあいだにも強い同調圧力はあると指摘する調査結果を目にした。

toyokeizai.net

この記事やフロムの指摘を読むと、同調圧力の問題は「日本社会は~」とか「外国では~」とかって話ではないのだろうなと思う。みんな似たようなものなのだ。

 

80年も前の本だけれど現代にも言えるところが多く、社会的なレベルでも個人的なレベルでも、なにかを信じたり支持したりするときの心を客観的に眺めるきっかけになる本だ。

誰かの意見に「賛成/同意」するのと「盲信」することを分けること、自分の思考や感情を簡単に明け渡さないことが大切なのだなと思う。

気がついていようといまいと、自分自身でないことほど恥ずべきことはなく、自分自身でものを考え、感じ、話すことほど、誇りと幸福をあたえるものはない。

(もっとも、人間の思考を画一化する近代社会ではそれが難しいことなのだとも、フロムは言っているのだけれど……) 

 

自由からの逃走 新版

自由からの逃走 新版

 

 ↓『自由からの逃走』を読み解きながら現代の全体主義を考える本。フロムの主張と現代社会の問題とのつながりがよくわかる。

人はなぜ「自由」から逃走するのか: エーリヒ・フロムとともに考える

人はなぜ「自由」から逃走するのか: エーリヒ・フロムとともに考える

  • 作者:仲正 昌樹
  • 発売日: 2020/08/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

↓民衆がユダヤ人を迫害するときの心理について、「上からの命令に従っているだけだから、なにをしても自分には責任はない」という「解放感」があったと指摘する本。人々は「自発的に」ナチ党を支持していたのだ。

ファシズムの教室: なぜ集団は暴走するのか